「意なく、必なく、固なく、我なし」  孔子


 回生薬局代表で漢方家の平野智也が、
健康のこと、歴史のこと、文化のことなど、日々感じたことなどを連載しています。
Vol.11 「意なく、必なく、固なく、我なし」  孔子
職場や学校などで、新しいメンバーで新しい年度が始まります。そんな時にちょっと苦手なタイプの人と同じクラスや部署に

なることもありますよね。

古代中国の思想家・孔子の教えを記した「論語」の中に

「意なく、必なく、固なく、我なし」という言葉があります。

 

「意」とは自分の主観だけで判断することです。

「必」とは自分の考えを無理に押し通すことです。

「固」とは1つの判断に固執することです。

「我」とは自分の立場や都合だけを考えることです。

 

この言葉は孔子の人格を端的に述べたもので、

広い視野にたって客観的に物事を判断し他人の意見に十分に耳を傾け、

すべてのことを広い心で柔軟に対応し、

相手の立場を思いやって行動できる人間であったということです。

この言葉は、決して「自分らしさ」をなくすということではなく、

他人を顧みない自分本位の心づかいを戒めたものです。

食べたことがなく、味もよく分からないのに「嫌いだ」と

思いこむことを「食わず嫌い」といいます。

 

人間関係においても、私たちは他人のほんの一面だけをとらえて、

「あの人 とは性が合わない」と勝手に決めつけて避けてしまうことがあります。 これは自分の思いこみだけで判断していることで

現実には向き合おうとはしていないようなものです。

それは本人にとって、もったいないことで、相手に対しても失礼です。

“あの人はこうだから…”“それは、こう決まっている”そう思ったときこそ、

一呼吸置き謙虚に一歩下がるつもりで考えてみてはどうでしょう。

「待てよ、こういう見方もできるかもしれない」と思いをめぐらす

「柔らかな心」を心がけたいものです。

 

私たちはさまざまな場面に遭遇した場合、

「自分が必ず正しい、絶対に相手が悪い」と思ったときこそ、

気をつけなければなりませんよね。

 

柔らかな心をもちつづけようと努力することによって、

おのずと心の曇りが晴れ、私たち自身の人間性が

高まっていくのではないでしょうか

愚陀仏庵新年度 

 

愚陀仏庵孔子

 

愚陀仏庵食わず嫌い

 

 

愚陀仏庵人間関係

 

 

愚陀仏庵謙虚

 

 

 

 

 

2013.04.10平野智也